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ホーム > 組織別情報 > 危機管理部 > 静岡県地震防災センター > 調べる > 静岡県市町村災害史 > 藤枝市

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開館情報

開館時間 9時00分~16時00分
休館日 月曜日・年末年始
入館料 無料

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更新日:平成28年12月26日

藤枝市

地形概況

北部は瀬戸川・葉梨川流域山地で谷底低地も発達するが崩壊しやすい山地である。低地は南部の大井川扇状地が礫質性であるのに対し、朝比奈川や葉梨川低地は低湿な三角州性で堆積物も泥質である。丘陵性地域では地形改変が進んだ。

地質概況

山地は砂岩を主とする三倉層群と砂岩・泥岩・頁岩やそれらの互層を主とする瀬戸川層群が帯状に分布する。大井川層群も砂岩や泥岩からなり、侵食が進んで丘陵を形成し、断層によって分断されている。低地は泥層・砂泥層・砂礫層と地域差が大きい。

気象概況

年平均気温は推定15.0℃、年平均降水量が2,558mm(瀬戸谷)。平坦地と山間地との温度差が大きいが、冬季は温暖で穏やかな晴天の日が続く。降雨は県内の平均以上で特に春から夏季(4月から8月)にかけて全降水量の約50%が降る。

災害事例 地震

  • 1965年4月20日 (昭和40年) M=6.1
    静岡付近の局地地震。清水平野北部で被害が大きく、全体で死者2人、負傷者4人を生じた。藤枝市立志太病院(鉄筋コンクリート造)のはめころしの窓ガラスが割れた。
  • 1944年12月7日 (昭和19年) 東南海地震 M=7.9
    県中・西部で被害が大きかった。各地の震度は、広幡で5~6、藤枝・葉梨で5、大州で4~5であった。
  • 1891年10月28日 (明治24年) 濃尾地震 M=8.0
    青島村、志太鉱泉に噴出する天然ガスが、地震の際地下の鳴動と共に噴出量が数倍になり、ガス溜をおおう鉄製の蓋を上下させた。鉱泉も水量が平常の倍のなった。
  • 1857年7月14日 (安政4年) M=6 1/4
    藤枝では強くゆれたが,倒家もなく怪我人もなかった。大井川下流の田中御城内では、塀・石垣ところどころ破損、蔵少破という。
  • 1854年12月23日 (安政元年) 安政東海地震 M=8.4
    全県下に被害があったが、藤枝宿でも上伝馬町で潰家2戸、半潰43戸、下伝馬町で潰家1戸、半潰24戸、惣平町七ヶ町で潰家10戸、半潰67戸あり、東の方10町ばかりは焼失した。また田中城内は皆潰れとなり、横内で民家総潰れ、青島で瓦葺の建物は殆ど倒れた。築地で3~6尺地割れして泥水の噴出あり、50余戸潰、また藤枝宿で地割れ、泥水噴出し、2~3尺ばかりも上へ飛走り、井戸水も噴出すなど、地盤液状化の現象がみられたが、稲葉・高州・築地などでも同様な現象があった。震度は藤枝宿・田中横内・築地で7、高州で6~7、大州・青島で6、稲葉で5であった。
  • 1707年10月28日 (宝永4年) 宝永地震 M=8.4
    県下全体に被害を及ぼしたが、藤枝町でも午下刻に地震があり、町中の家が破損した。潰家23戸、半潰家59戸といわれている。また田中城でも、石垣・塀などがこわれ、侍屋敷101戸、足軽屋敷110戸、長屋18個所が潰れた。震度は藤枝・田中で6である。

災害事例 台風

  • 1982年9月12日 (昭和57年) 台風18号
    県中部を中心に全県下に被害あり、藤枝市内の朝比奈川で堤防が決壊するなどして、死者1名、負傷者3人、全壊5戸、半壊3戸、床上浸水529戸、床下浸水922戸の被害がでた。
  • 1974年7月7日 (昭和49年) 台風8号(七夕豪雨)
    全県に被害があり、当地では全壊3戸、半壊4戸,床上浸水744戸、床下浸水680戸、冠水田81ha、決壊道路72個所、橋梁10個所、堤防15個所、山(崖)崩れ86個所などの被害を出した。
  • 1952年6月23日 (昭和27年) ダイナ台風
    御前崎から駿河湾北部を通過した台風で、小河川が氾濫した。藤枝町で200戸、葉梨村で500戸、青島町で400戸が浸水した。
  • 1941年7月22日 (昭和16年)
    中部以東で被害があり、藤枝では全壊46戸、半壊42戸、床上・下浸水550戸である。
  • 1922年8月25日 (大正11年)
    全県下特に中・東部で被害大であった。瀬戸谷で日雨量307mm(25日)、藤枝で280mm(25日)を記録した。
  • 1911年8月4日 (明治44年)
    全県下特に西部で被害大であった。藤枝の日雨量は268mm(4日)に達し、広幡で23戸、葉梨で52戸の流失家屋があった。
  • 1910年8月9日 (明治43年)
    全県下特に中・西部が被害を受けた。前日よりの降雨に加え豪雨となり、河川は増水氾濫した。瀬戸川堤防が決壊し、流域地方の郡下での山腹の崩壊は1,200個所あまりに達した。当地の被害は半壊11戸、床上浸水143戸、床下浸水1,070戸であった。
  • 1897年9月9日 (明治30年)
    志太郡下全域で家屋倒壊、全壊701戸、半壊805戸に達した。
  • 1858年7月22日 (安政5年)
    大雨により瀬戸川堤防が切れ、木町・川原町・横町・蔵小路辺<いずれも床上に水上る。木町で床上1尺6~7寸でさらに深い所もあった。
  • 1828年8月10日 (文政11年)
    昼頃よりの大風雨で大井川が氾濫し、夜9時頃堤防が決壊した。それにより一帯は、田畑は荒地となり、家屋流失、人畜の溺死などの損害を受けた。
  • 1804年9月30日 (文化元年)
    4日間降雨が続き、大井川は洪水となり、堤防の決壊により、家が流れまた浸水は床上2~3寸から4~5尺に達したという。善佐衛門村で流失家屋32戸、被災者142人といわれている。

防災上の留意点

地震時において地盤振動を増幅させやすい特徴を持つので、地下埋設物の損壊や家屋の倒壊による出火からの延焼には十分注意を要する。傾斜地では地震動によって崩壊や地すべりの可能性が高い。台風や豪雨の洪水氾濫によって湛水する可能性があるので注意する。

お問い合わせ

静岡県地震防災センター

〒420-0042 静岡市葵区駒形通5丁目9番1号

電話番号:054-251-7100

ファックス番号:054-251-7300

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