日本の深海調査技術を育てた海、駿河湾。

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ページID1025746  更新日 2023年1月13日

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日本一深い湾へ。深海調査の現場

海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC[ジャムステック])は、海洋についての基盤的な研究開発などを行う国立研究開発法人である。有人潜水調査船『しんかい6500』、地球深部探査船『ちきゅう』などの調査船・探査船を用いて、海洋、大陸棚、深海などの観測調査を行う。

「世界で最も美しい湾クラブ」に加盟した駿河湾も、JAMSTECの重要な研究フィールドの一つである。今回は、JAMSTECのスタッフ・研究者にお話を伺い、海洋研究の視点から、日本一深い湾「駿河湾」の魅力に迫った。

写真:地球深部探査船「ちきゅう」

JAMSTECが所有する地球深部探査船『ちきゅう』。世界最高の掘削能力(海底下7000m)を持つ。大型のため、水深の浅い港には着岸できないことから、清水港から各地の調査に向かうことが多い。寄港の際には船内見学会なども催され、県民にとっても馴染み深い。

日本の深海調査技術を育てた海、駿河湾。

駿河湾は深海研究者にとって、 最も理想的な研究環境かもしれません。

有人潜水調査船『しんかい2000(1981年竣工・2004年退役)』『しんかい6500(1989年就航)』の運航に携わり、日本だけでなく世界の研究者の深海研究を支えてきた、JAMSTEC 元『しんかい2000』航法管制長の柴田桂氏は語る。

駿河湾の沿岸から最深部の水深2,500mの海域はまさに目の前。欧米の研究者は、なにより深海までの近さに驚きます。

ヨーロッパでは、港から深海の海域まで船で数日かかることもあるとのこと。一方、フィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界「駿河トラフ」が南北に走る駿河湾は、湾岸から急激に深くなり最深部へ到達するため、港から深海までの距離が短い。世界中を探しても、これほど深海へのアクセスがよい場所は、なかなかない。

また、湾が陸地へと深く入り込んだ地形のため、風や波の影響を受けにくいことも好条件で、深海研究者にとって、願ってもない理想的な環境である。

写真:柴田桂氏
JAMSTEC 元『しんかい2000』航法管制長 柴田桂氏

ただし操船者の立場から言わせてもらうと、駿河湾はプランクトンなどの水中浮遊物が多く、視界が悪いので、操船は大変です。ライトを当てても1m先が見えないこともあります。つまり、それだけ栄養が豊富な海ということができます。

富士山や南アルプスから湾へと注ぐ山の栄養が、多くの海洋生物を育て、駿河湾を豊かな生命の海にしているのだと言う。
その豊かな海は、深海へと続いている。
植物プランクトンの死骸が「マリンスノー」となって降り注ぎ、深海生物の栄養分となり、生命を育んでいる。また海底から湧き出すメタンや硫化水素から栄養分を作り出す微生物たちが、食物連鎖の出発点となり、海底にもう一つの生態系をつくりだしている。普段目にすることない駿河湾の深海にも、豊かな生命の営みがある。
『しんかい2000』は約260回、『しんかい6500』は2016年までに約60回、駿河湾の深海を調査し、深海生物や深海環境の姿を明らかにしてきた。

写真:しんかい6500
水深6,500mまで潜ることが可能な世界有数の有人潜水調査船。日本のみならず、世界の深海調査の中核を担う。水深6,500mでは1平方センチメートルあたり、約680kgという水圧がかかるため、チタン合金を使用して高強度を実現している。

JAMSTECの深海調査技術の中にも、駿河湾調査を通じて培われたものが数多くあります。水中音響技術もその一つです。

地上での通信には電波が使われているが、水中では電波が使えない。このため音波を使って、周りの地形や自分の位置を確かめるのはもちろん、潜水調査船と母船の通信も音波を使う。またJAMSTECでは電波の代わりに音波で深海からカラー画像を送信する技術の開発にも成功した。駿河湾で培われた技術やノウハウは、マリアナ海溝をはじめとした世界の深海調査でも活躍しているのである。

写真:水中音響時術による伝送
画像をデジタル処理し、音波によりカラー映像を地上船に送信。深海調査に活用している。写真は、『しんかい6500』から伝送された画像(左:太平洋マリアナトラフの潜航調査で撮影された伝送画像、右:海上の母船で受信した画像)

海洋、とくに深海については、分からないことがまだまだあります。深海研究はまだ端緒に着いたばかりなのです。

世界の海底地形図は、月や火星と違ってまだ10%前後ほどしか完成していないという。「深海」という広大なフロンティアの解明は、これからだ。

イラスト:DONET概念図
JAMSTECは、東南海地震の想定震源地である紀伊半島から四国域についての海底に、リアルタイムで地震・津波を観測できる地震・津波観測監視システム(DONET, Donse Oceanfloor Network system for Earthquakes and Tsunamis)を開発した。DONETで取得したデータは、地震発生メカニズムの研究のみならず、気象庁による緊急地震速報や津波警報にも活用されている。なお、DONETは平成28年4月1日より、国立研究開発法人防災科学技術研究所が運用している。
写真:海底鉱物資源
メタンハイドレート・レアアースなど海底鉱物資源の研究もJAMSTECの業務の一つ。

駿河湾深海の トップ・プレデターを解明する。

生態系のなかで、 大きな役割を果たしているのが、 トップ・プレデター(頂点捕食者)です。

JAMSTECの海洋生物多様性研究分野研究者、藤原義弘氏は語る。その重要度を再確認させたのが、米国のイエローストーン国立公園の事例だ。

「嫌われもの」だったトップ・プレデターのハイイロオオカミを駆除した結果、オオカミの獲物だったアカシカが爆発的に増え、生態系バランスが崩れ、最終的に森林全体の生態系の崩壊にまでつながった。現在は、ハイイロオオカミを再導入することで、公園の生態系は回復しつつある。

写真:藤原義弘氏
JAMSTEC 海洋生物多様性研究分野
分野長代理 藤原義弘氏

しかし、目に見える陸上等とは異なり、深海ではトップ・プレデターの情報がほとんどありません。深海生態系を解明するためには、その調査研究が不可欠です。

2014年から、藤原氏は駿河湾のトップ・プレデターの調査研究を行ってきた。駿河湾をフィールドに選んだ理由の一つについて、こう語る。

写真:ベイトカメラ
ベイトカメラに餌をつけて深海に沈め、トップ・プレデターの生息密度を計測。ここから生態系の生物個体数を推計する。

駿河湾には水深2,500mの深海があるうえに、深海へのアクセスがとても良い海です。また、深海生物に詳しい深海延縄漁の漁業者がいらっしゃるので、試料が手に入りやすいことも利点でした。

深海生態系の構造を明らかにするため、JAMSTECでは深海生物の生体に含まれるアミノ酸の窒素同位体(同じ窒素でありながら中性子数[質量数]が異なるもの)の比率を分析している。窒素同位体は「エサとなった生物」から「捕食した生物」の体内に取り込まれるため、上位の捕食者ほど同位体比が高くなる。藤原氏は、この性質を利用して、深海生物の栄養段階(食物連鎖でつながっている生態系のなかの役割を段階別に分類したもの)を特定し、深海の生態系構造を解明しようと試みている。

写真:漁業者との作業の様子
深海延縄漁により、深海生物を捕獲する漁業者は、長年の経験でどの海域のどの深度に、どんな深海生物がいるかを把握している。頼りになるパートナーだ。

駿河湾には、多くの種類の深海ザメが棲んでいて、水深1,500mまではサメがトップ・プレデターである可能性が高いです。しかしそれより深くなるとサメの個体数が激減するので、どんな生物がトップ・プレデターなのか、まだまだ分からないことばかりです。

駿河湾の場所や水深によって、トップ・プレデターは異なる。日本一深い湾である駿河湾には、いくつもの生態系が重なりあいながら存在し、様々なトップ・プレデターがそれぞれの生態系の頂点に君臨しているのである。

写真:カグラザメ
駿河湾に多く生息する深海ザメのひとつカグラザメ。
米国イエローストーン国立公園などではトップ・プレデターが他の生物の個体数を制御する「トップダウンコントロール」により、生態系のバランスは保たれていることがわかっているが、深海での生態系のバランスはよくわかっていない。

漁業活動の対象水深は世界的に年々深くなっています。 それとともに深海生態系が破壊されるリスクも高まっています。 生態系への影響を抑えつつ、深海の水産資源の利活用を図るためには、トップ・プレデターについての研究をすすめ、深海生態系の構造と機能を明らかにすることが必要です。

豊かな生命の宝庫である駿河湾の深海を「ハイイロオオカミがいなくなった森林」にしないために、目に見えない深海生態系に光を当てていくことが求められるのである。

写真:駿河湾に生息する多様な深海生物
駿河湾には、多種多様な深海生物が生息している。水産資源を持続的に利活用するためにも、生態系の解明が欠かせない。

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交通基盤部港湾局港湾企画課
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