静岡茶ブランディングプロジェクト トークセッション|開催レポート(令和7年度)

ツイッターでツイート
フェイスブックでシェア
ラインでシェア

ページID1078252  更新日 2025年11月12日

印刷大きな文字で印刷

静岡茶ブランディングプロジェクト トークセッション|開催レポート(令和7年度)

本セッションレポートは、10月23日(木曜)に開催した、世界に通じる静岡茶ブランドの構築を目指す「静岡茶ブランディングプロジェクト」戦略アドバイザーによるトークセッションのレポートです。

私たち日本人にとってお茶は、旅館で出される無料の一杯や、街角の自動販売機で気軽に買えるペットボトル飲料のように、「空気のように当たり前の存在」です。しかし、その「当たり前」の裏側で、日本の伝統的な茶産業が静かな危機に瀕しています。先日開催した「静岡茶ブランディングプロジェクト」トークセッションは、この根深い問題に光を当てるものとなりました。静岡は日本一の茶の「産地」として知られていますが、世界的に見れば「ブランド」として認識されているとは言い難いのが現状です。
本セッションでは、『ツーリズムと需要開拓で始まる茶業の新たなムーブメント』をテーマに掲げ、静岡茶が世界に通じるグローバルブランドを目指す上で、茶業の未来と可能性を共に考える貴重な機会となりました。

今回は、このトークセッションイベントの様子をお伝えします!

イベント会場

今回のイベントは、世界お茶まつり2025の一環として、静岡市にあるグランシップ会場で実施しました。

 

【オープニング】

主催者を代表し挨拶に立った静岡県経済産業部農業局中尾局長は、世界に通用するブランド構築を目指し、今年度から静岡茶ブランディングプロジェクトの総合プロデューサーとしてクリエイティブディレクターの佐藤可士和氏をお迎えし、茶業関係者が一丸となって、本格的に取り組みを開始していることを紹介。プロジェクトメンバーの皆様にも多くご出席をいただいていることに謝意を示しました。

また、今回登壇する戦略アドバイザーのお二方について、昨年度から本プロジェクトに参画いただいており、今回のテーマが静岡茶の現状を見つめ直し、未来への可能性を考えるセッションになることを期待する、と結びました。

主催者

さらに当日、富士山の「初冠雪」を観測したことに触れ、「お茶まつりの開催を祝ってくれているのかな」と会場の雰囲気を和ませました。

プロジェクトの背景:世界で「名乗れていない」静岡茶の現状

続いて、静岡県経済産業部お茶振興課より、プロジェクトの概要が説明され、静岡茶が持つ多様な個性や全国に誇る手揉みの技術に裏打ちされた高品質な生産体制がある一方、直面する課題を提示しました。

「世界に目を向けた時に、静岡茶というブランドはまだ十分に認識されていません。国内では産地として知られていても、世界的に見て『静岡茶はブランドとして伝わっていない』。いわば、自己紹介で『名乗れていない』 状況です」。

事業説明

この課題を解決するため、静岡茶の本来価値を再定義し、世界中のどこから見ても同じブランドとして唯一無二の存在となることを目指し、本プロジェクトが本格的に始動したと述べました。この取り組みを推進する上で、「共創(共に創る)」の姿勢を大切にし、静岡茶に関わる全ての人々が力を合わせ、「今、100年後の未来のために自ら変化を生み出す」という思いが込められていると強調。

「自分たちが何を変えて何を生み出せるのかということを共に考えていただける時間になれば幸い」と述べ、セッションの期待と共に、全員参加による変革の重要性を改めて提示しました。

トークセッション登壇者紹介

ここからのセッションの進行は、株式会社TeaRoomの高木ひかる氏が務め、戦略アドバイザーであるお二方からはそれぞれの立場での自己や事業についてご紹介いただきました。

 

小原氏

 

 

小原 嘉元 氏(佐賀県嬉野温泉 和多屋別荘 代表取締役、静岡県地域資源活用アドバイザー)

小原氏は、佐賀県嬉野温泉で旅館経営を担う傍ら、旅館再生コンサルタントとして全国80件を超える経営再建案件に携わってきました。嬉野の温泉、お茶、肥前吉田焼という三つの地域文化(地域OS)の価値に着目し、特に「ティーツーリズム」を通じて、お茶の価値を可視化する挑戦を続けています。家業から一度は叩き出されながらも、二度の経営危機に瀕した旅館を救うために戻り、地域再生の旗手となった人物です。小原氏の物語は、価値創造の原点を鮮やかに描き出します。

嬉野

すべては「無料の一杯」を800円で売ることから始まった


小原氏の挑戦が始まる前の嬉野は、深刻な危機にあった。全国のわずか1%の生産量しかない茶業は、平成元年に900軒あった農家が300軒を割り込み、400年の歴史を持つ肥前吉田焼の窯元はわずか8軒に減少。旅館も最盛期の3分の1以下に落ち込んでいた。地域を支える文化資本は、まさに風前の灯火だったという。
小原氏は、この状況を「地域OS」という独自のフレームワークで捉える。嬉野という土地には、「温泉」「お茶」「肥前吉田焼」という3つの基盤ソフト(OS)があり、旅館のような個々の事業は、その上で動く「アプリケーション」に過ぎない。OSが崩壊すれば、全てのアプリケーションは機能停止する。
そのOSが崩壊しかけていた2016年、状況を打破するために企画されたのが「嬉野茶時(うれしのちゃどき)」だ。ここで行われた革命的な行為は、旅館で常に無料で提供されていた一杯のお茶に小さなお菓子を添え、「800円」という価格を設定したことだった。それは、これまで経済的な言語すらなかった「液体のお茶」を、初めて価値ある商品として定義する行為だった。
重要なのは800円という金額ではない。これまで「無料(ゼロ)」だったものに、初めて金銭的な価値を与えるという、コンセプトの飛躍(0→1)にあった。地域全体に染み付いた「お茶は無料」という固定観念を打ち破り、自分たちの資産を経済価値へと転換できるのだという、意識の革命だったのである。
この「0→1」の達成こそが、小原氏に茶葉そのものではなく、一杯の体験に数万円の価値を見出すという、さらに大きな飛躍を可能にする心理的な土台となった。

茶葉を売るのをやめて、「風景」を売るという逆転の発想

次に小原氏が提示したのは、価値連鎖そのものを逆転させる、さらにラディカルなアイデアだった。それは、有形な「茶葉」を売るのをやめ、無形な「風景と体験」を売るという発想の転換だ。
なぜ、この発想が必要なのか? 中山間地域の多くの茶農家は、急斜面での過酷な労働と低い収益性に苦しみ、後継者不足から美しい茶畑が耕作放棄地となる危機に瀕している。茶葉の市場価格に依存するビジネスモデルでは、この流れを食い止めることは極めて困難だ。
この構造を、小原氏は4つのレイヤーで分析する。茶業の価値は、(1)土地、(2)茶畑、(3)農家、そして(4)茶葉という順で積み上がっている。しかし、従来の経済モデルは、最後の「(4)茶葉」だけにしか価値を見出してこなかった。前の3つのレイヤーは、価値の源泉でありながら、経済的に不可視な存在だったのだ。

新たな価値提案「ティーツーリズム」

そこで生まれたのが「ティーツーリズム」だ。このモデルでは、主役はもはや茶葉ではない。美しく手入れされた茶畑という絶景の中で、生産者自身が淹れた一杯を味わう「体験」こそが商品となる。例えば「3杯で15,000円」という価格は、茶葉の原価ではなく、その場所でしか得られない唯一無二の体験に対して支払われる。
このモデルは、これまで見過ごされてきた(1)土地、(2)茶畑、(3)農家という「不可視の価値」を直接マネタイズする。茶葉の価格変動とは無関係に、風景を守ること自体に強力な経済的インセンティブが生まれるのだ。これは、衰退に直面する他の多くの農業や伝統工芸にとって、力強い生き残りの設計図となるだろう。価値は、モノそのものではなく、その背景にある文脈、物語、そして環境にこそ宿るのだ。

絶景オーシャンビューの旅館は、海に一円も払っていない?

小原氏は、もう一つ鋭い問いを投げかける。「絶景のオーシャンビューを誇る旅館は、その価値の源泉である海に対して、一円でもお金を払っているだろうか?」答えは否だ。これは、地域の共有資産に「フリーライド(タダ乗り)」しているに他ならない。
この構造では、事業者は地域の自然や文化といった共有資産(地域OS)から価値を一方的に引き出すだけで、その維持・保全に貢献しない。結果として、価値を生み出していたはずの共有資産そのものが劣化し、長期的には自らの首を絞めることになる。

持続可能な解決策

これに対し、ティーツーリズムでは全く新しいモデルを構築する。高価なツーリズム体験から得られた収益を、その茶室から見える風景を構成している、周囲の茶畑の所有者たちに分配するというアイデアだ。
この金銭的な再投資の仕組みは、地域の農家全員が「美しい景観全体を維持する」という共通のインセンティブを持つことにつながる。個々の競合相手だった農家たちが、美しい風景という共有資産を守るための「共同管理者」へと変わるのだ。これにより耕作放棄を防ぎ、「商品」である絶景が最高の状態で保たれる。

 

岩本 涼 氏(株式会社TeaRoom 代表取締役)

株式会社TeaRoomの代表取締役である岩本氏は、9歳で茶道裏千家に入門し、茶の湯の文化に深く精通する一方で、その高尚な世界と、汗水流して茶葉を育てる生産者の間に横たわる断絶に強い問題意識を抱いてきたという。「この両者をつながなければ未来はない」。対立のない優しい世界を目指す理念のもと、自ら生産現場にも参入するなど、この信念から生まれた岩本氏の事業は、文化と産業を架橋する試みです。

岩本さん

高級鮨がなければ、回転寿司は生き残れない

岩本氏が提示する「寿司と鮨」のメタファーは、多くの参加者にとって目から鱗が落ちるものでした。日本の寿司産業が世界的な地位を確立しているのは、一貫数万円の高級鮨店と、一皿100円の回転寿司が「共存」しているからだという。

高級鮨の役割:夢を創る

高級カウンター鮨は、単に高価な食事を提供しているだけではない。それは「本物の日本の寿司」という文化的な権威、ブランドの頂点、そして世界中の人々が抱く「夢」そのものを創り出している。この絶対的なブランド価値があるからこそ、「日本の寿司」は特別な存在となり、資本力に勝る海外の競合が安易に模倣し、追い越すことを防いでいる。

回転寿司の役割:日常を創る

 一方、回転寿司は、何百万人もの人々にとって寿司を日常的なものにする、極めて重要な接点(タッチポイント)となる。多くの人が気軽に寿司に親しむことで、巨大な市場と文化の裾野が育まれる。そして、日常的に回転寿司を食べているからこそ、人々は特別な日に食べる高級鮨の価値や違いを深く理解し、感動することができるのだという。

日本茶への応用:エコシステム思考

この構造は、そのまま日本茶の世界にも当てはまる。一杯数万円の価値を持つ特別な茶体験と、日常的なペットボトルのお茶は、競合関係にあるのではなく、相互に依存し合っている。一方がブランドの「夢」や権威を作り、もう一方が市場へのアクセスと文化の裾野を広げる。この両輪が揃って初めて、産業全体が力強く前進できる。
高級品と大衆品を対立ではなく、共存共栄するエコシステムとして捉えること。これこそが、伝統とマスマーケットを持つすべての産業にとって、最初の思考転換となる。

トークセッションハイライト

インビジブルな価値の発見

トークセッションは、まずお茶産業の経済規模に関する衝撃的な事実から始まりました。

小原さんは、お茶産業の荒茶と生葉の経済価値がわずか688億円である一方、観光業の経済規模は33.2兆円であり、その差は約485倍にもなると指摘。

トークセッションの始まり

小原さん: 「我々日本人にとって精神的支柱のお茶が、わずか700億円。上場企業の中規模の1社分くらいです。だからこの経済価値でこの700億円吹っ飛んでも日本経済で、多分皆さん気づきもしないレベル。ただ、これ日本の2万人が作るお茶農家さんの生葉、荒茶がこの国から消えたらって言ったらもう大騒ぎどころじゃなくて大変なことになりますよね。...もうそこだけ(リーフ)しか経済価値がないので、そこで、皆さん嬉野も静岡もヒーヒー言っている」

そして、お茶の価値は、目に見えるリーフ(茶葉)だけでなく、その基盤である「土、茶畑、茶農家」という形のない「インビジブルな文化資本」こそに、本来の価値があるという視点が提示されました。

 

価値を支える「味わい」と「タッチポイント」

岩本さんは、お茶の価値を高めるには、単なる「味」ではなく「味わい」が重要だと述べました。

岩本さんトーク

岩本さん: 「(お茶の)味は正直、その差は分かりにくい。お茶の場合はですね。ただ味わいは違うじゃんっていうのは、それはその通りで。カップラーメンを富士山の下で食べるのか上で食べるのかって、味わい全然違いますよね」

茶室の設計や、お茶を飲む前後の体験(動線、心理状態)を設計することで、同じお茶であっても体験価値を深めることができる。この「味わい」の高付加価値化(権威)が、マスプロ(タッチポイント)と両立することで産業は発展すると、寿司と鮨のメタファーを用いて説明されました。

 

寿司と鮨

岩本さん: 「高級鮨と回転寿司は同時に存在し、共に発展しなければ産業として大きくならない。回転寿司を食べている日常があって、ハレの日は高級鮨に行きましょうという、この差分で人間は価値を感じます」

高級品(権威)と大衆品(マスプロダクト)を対立ではなく、共存共栄するエコシステムとして捉えること。これこそが、伝統とマスマーケットを持つすべての産業にとって、最初の思考転換となる。

 

ツーリズムと景観維持への還元

小原さんは、美しい茶畑の景観そのものを「商品」とするティーツーリズムの事例を紹介し、労働生産性が低く放棄されがちな中山間地にある茶畑の新たな視点を提案しました。

ティーツーリズム

嬉野では、「3杯で3万円」という高級な茶体験を次のステップとして挑戦中ですが、ここで得た収益を、茶室から見渡す限りの茶畑オーナーに均等分配していく仕組みづくりを検討していると明かされました。

ティーツーリズム2

小原さん: 「茶畑があるから我々ツーリズムが成り立つ。...この見渡す限りの茶農家に均等分配して、...その収益を景観の維持のために使ってもらう」

これは、ツ―リズムの収益を景観保護へ還元する仕組みであり、「土と畑と何人かの農家さえ残ってもらえれば、... ツーリズムというフィルターを通して経済を回せる」という、茶業の未来に向けた具体的なインセンティブの提案となりました。

Q&Aセッション:本質的な価値とは

セッション終盤には、会場の参加者との質疑応答が行われました。

QA

静岡で民泊等を運営する参加者から、「お茶の価値をどこに持っていけば、海外のインバウンドも含めて違いを感じられるのか?」という質問が寄せられました。

これに対し、岩本さんは茶道の知見から再度「味より味わい」の重要性を説き、小原さんは提供側からの意識改革に言及しました。

こはらさんQA

小原さん: 「提供側が自分たちのお茶の本来価値がどこにあるかを言葉で示すべきです。... そもそも(お茶の価値が分からず)ただで提供し続ける謎のルールの中でみんなブーブー言いながらやめていく。意識改善と本来価値を自分たちが知ること」

 

また、岩本さんは、お茶の価値を高めるための「逆のものの設計」の重要性を指摘しました。

岩本さんQA

岩本さん: 「例えば、温泉がずっと家にあったら温泉に価値を感じない。...何が逆にお茶の前の体験としてあれば、お茶の価値が上がるのか。全力で雑巾を絞らせたり、24時間マラソン走ってからお茶一服どうぞ、と言って出すとか、何らかの設計をしたらいいと思います」

クロージング

最後に、静岡茶ブランディングプロジェクト事務局を担う静岡県茶業会議所の伊藤専務理事より、本セッションで示された「地域資源」「土と茶畑」「文化と産業の融合」「景観維持と還元」といった多様な観点に気づかされたことへの感謝が述べられ、今後、新しいブランド構築に向け、プロジェクトメンバーの皆様と「共に」取り組んでいく決意が示されました。

閉会

レポートまとめ

一杯のお茶から始まった本セッションの議論は、日本の伝統産業が生き残るための「価値の再構築」という壮大なフレームワークを提示してくれました。

小原さんと岩本さんの言葉は、単なるお茶の未来図ではなく、日本の多くの産業が抱える課題を解決するための本質的な視点が隠されていることもポイントです。
1. エコシステムの構築: 「高級品(ハイエンド)」と「大衆品(マスプロダクト)」の両輪を回し、産業全体の価値を支える。
2. 価値の「0→1」革命: 「無料が当たり前」という固定観念を打ち破り、ゼロから価値を生み出す。
3. 価値連鎖の逆転: モノ(茶葉)からコト(体験・文脈)へと価値の源泉を移行させる。土、畑、人といった不可視の資産を可視化し、マネタイズする。
4. 持続的な管理モデルへの転換: 地域の共有資産から得た利益を地域に還元し、搾取ではなく持続可能な管理モデルを築く。


静岡茶の未来は、価格競争から脱し、自らの文化や風景の中に眠る深く多層的な価値を再定義できるかにかかっているかもしれません。
事務局としては、このセッションで得られた知見を活かし、参加された全てのプロジェクトメンバー、茶業関係者の皆様と力を合わせ、「今、100年後の未来のために自ら変化を生み出す」、静岡茶ブランディングプロジェクトの取り組みを引き続き推進してまいります。
 

このページに関するお問い合わせ

経済産業部農業局お茶振興課
〒420-8601 静岡市葵区追手町9-6
電話番号:054-221-2674
ファクス番号:054-221-2299
ocha-shinko@pref.shizuoka.lg.jp