
この南遠州の平野部はもともと海中にあった土地が長い年月の土砂の堆積や土地の隆起によって陸地へと形成された低湿地帯であったため、川の氾濫、大潮、洪水、津波などの水害にたびたび襲われ、多くの人々が命を落としています。また、その一方で田畑を潤す用水として取水していた河川は流域が浅く、水がすぐに涸れてしまい収穫ができなくなるという干ばつの被害もありました。
また遠州灘から吹き付ける強風「遠州の空っ風」も田畑や家に砂を運び入れ人々を悩ませました。

南遠州が1000町歩もの広大な水田が広がる田園空間になるまでには、南遠州の先人たちが水や風という厳しい自然と日々闘い、共生を模索した気の遠くなるような歴史が刻まれています。
そんな厳しい水や風という自然と闘い、共生を模索しながら営まれてきた農業は遠州人の政治・経済・暮らしに深く関わりながら民話や民謡、 祭りなどの文化を生み、森を作り、川を引き、田畑を作ることにより新たな自然を生むという南遠州固有のとうもん文化と歴史を築くこととなりました。 |