人づくりちょっといい話36
千年もつ釘に込められた祈り
先日、面白い人に会いました。白鷹幸伯(しらたかゆきのり)という鍛冶(かじ)屋さんです。1935年、愛媛県松山市に生まれました。父親が鍛冶屋をやっていたのですが、一種の見習いでしょうか、日本橋の「木屋」という刃物専門店の店員になります。
著名な宮大工の西岡常一(にしおかつねかず)さんが「木屋」に用事でやってきました。「その手は刃物を扱ってきた手だ」と即座に見抜かれて、「これから薬師寺の西塔を再建するが、東塔のように千年もたせたい。肝心なのは、木と木を留める釘だ。普通の釘は50年しかもたないから、千年もつ釘を作ってくれないか」と言われます。白鷹さんは喜ぶのですが、そんな釘なんて見たことがない。調べてみると、千年ももつ塔に打ってある釘の起源はローマ帝国だった。その釘がシルクロードを伝わって西安に来て、西安から韓国を通って日本に来ている。それを突き止めて、ローマ帝国の釘がローマ時代にどんな形だったか、イランではどうなったかということをすべて調べた。白鷹さんは37歳で「木屋」を辞め、釘に取り組みます。
千年もつための一番のポイントはびない釘、つまり酸化しない釘です。そのためには原料の鉄の中に入っているイオウとリンを、どうやって燃焼させるかということに行き着きます。それを教わり、何回も実験をするんです。一回、鉄を真っ白に光る手前の千度の温度で焼いて取り出し、パーッと純酸素をぶつけます。そしてイオウとリンを燃やして、温度が下がったものをまたもう一回釜の中に入れて仕上げるというんですよ。白鷹さんはついに20年間で2万本の釘を作り上げました。
私は実際にこの釘を見せていただきました。素晴らしかった。白鷹さんは千年経っても錆びない釘のためにすべてを注ぎ込んだということになります。平たい言葉で言えば「世のため、人のため」でしょうか。あるいは、千年は美しい塔がもつという美に対する祈りでしょうか。そういう祈りと自分の心とが同心円を組んだ人生というのは、そのことしかしていなくても、非常に密度の高い重い人生なのではないでしょうか。例えば、それがたった一人のおばあちゃんの介護であっても、おばあちゃんと心が通じ、介護と日常の中の自分の心とが同心円を結ぶことができれば、非常に幸せなのではないかなと思います。(後略)
西岡常一(1908~95)=宮大工。飛鳥時代の古代工法で大伽藍を造営できる「最後の宮大工棟梁」と言われた。
草柳大蔵著「午前8時のメッセージ99話」(H21年発行静新新書)より
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