人づくりちょっといい話44
声かけの効用
今の家庭の中で一番聞かれるのは、お母さんが何かを言う、お父さんが何かを言う。うるせえなあ、それだけなんですね。
「うるせえ」ってんで、この間から全国放送で流れております大手化粧品メーカーのCMを見ておりますと、女の子が言うんです。
「イジメられたり、怒られたり、怒ったり。退屈なんだよな」
何も発信しない人間がどんどん出てくるわけです。
「どうしたの?今の子」と言うけれど、それよりもその子たちの「心の土壌」がどうしてそういうふうに勝手に出来てしまったのだろうか。そのことの方が問題だろうと思うのです。
就職試験でも、茶髪でピアスなんかしている男の子がいると、まあ、サッカー選手なら入れるけれど、そうでない場合は、どこの会社の面接でも、お前、その髪、何とかしろとか、耳輪はずせよ、アフリカじゃあるまいしとか、そう言われます。
ところが橋本久義さんという通産省の役人がいましてね。非常に面白い人です。鋳造課長になった時に、彼は役所と交渉して、「毎週木曜日だけ、一日自由にさせてください」と言って、彼は役所の車を使わないで、自分の車で、まず東京都内の金型を作っているところ、鋳造をやっているところ、そういう工場を回って歩くのです。もう二千工場くらい全国を回って歩いた男です。
それでわかったことは、町工場に行くと、茶髪やピアスはざらにいる。それで彼らに「お前、どうして3Kと言われている、こんな暗い、汚い、臭いところで働いているんだ」と聞くと、「あの、先輩がいるからね」と言うのだそうです。
先輩がどうしたんだというと、前に一緒にオートバイぶっ飛ばしたり、ディスコで踊ったり、その遊び仲間だった先輩が町工場で働くようになった。それで顔を見せなくなったため、3ヵ月くらいして「また一緒に遊ぼうよ」と工場を訪ねると、先輩は黙々と働いていた。茶髪で、もう耳輪ははずしちゃって。
「先輩、変わったんですね」
「うん、変わったか。俺、変わったかもしれない」
「どうして先輩、変わったんですか」
「ここの親父さんがいいんだよな。朝、『おはよう』と向こうから声をかけてくれるんだ。それで『何かわからないこと、あるかい』って教えてくれるんだよな。お前な、声かけられてな、教えてくれるとな、ちょっと人間、動けなくなるぞ。で、俺、こうなっちゃったんだよ。でも、俺、ようやく人間が生きるって、どういうことかわかったよ」
「それじゃ先輩、俺も入れてください」という次第で、その町工場には、ずっと茶髪の系列が出来ちゃったのです。
つまり、あいつは茶髪だ、耳輪だというと、もうそれだけで自己完結的な存在のように、われわれは誤解してしまうのですが、実は彼らを変えさせる情報を、何も送っていなかったということです。
それが先輩の「親父さんが声をかけてくれるんだよ」の一言で、後輩の心までが動いたのです。
声をかけてくれるということが、いかに大切なことかです。
挨拶という言葉、「挨」というのは、心を開くという意味です。下の「拶」の語源は相手に迫るという意味。だから、「おはよう」「ご飯食べたか」「元気か」とか、そういう挨拶は心を開いて、相手に迫る。つまり、お互いに変わる情報をそこから交換し合うということです。
静岡県「人づくりの道標~草柳大蔵先生のメッセージ」(2002年発行)より
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