静岡県誕生150周年のあゆみ
静岡県誕生150周年のあゆみ
この年表は、静岡県誕生から現在に至るまでの主要な出来事をまとめたものです。
| 年 | 主な出来事 |
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| 1868年 (明治元年) |
旧幕府領であった駿河・遠江・伊豆地域に新政府による統治開始。
駿河国・遠江国には駿府藩が置かれて徳川家達(いえさと)が駿府藩主に任じられた。 また、遠江国の一部に堀江県が置かれ、伊豆国は韮山県となった。 |
| 1871年 (明治4年) |
8月、廃藩置県により静岡県・堀江県が成立。
12月、韮山県を廃止し、足柄県に編入。駿河国を静岡県、遠江国を浜松県とする。 |
| 1876年 (明治9年) |
4月、足柄県を廃止し、旧伊豆の国を静岡県に編入。
8月21日、浜松県が廃止されて、静岡県に合併。現在の静岡県の区域が確定。 |
| 1886年 (明治19年) |
7月、地方官官制公布により県令が「県知事」と改正され、静岡県令関口隆吉が初代静岡県知事に任命された。
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| 1889年 (明治22年) |
市制・町村制施行。
静岡市・浜松市などが市として誕生し、地方自治制度が整う。 |
| 1920年 (大正9年) |
10月1日、「国勢調査ニ関スル法律」(明治35年)に基づき、第1回国勢調査が実施された。「大正九年国勢調査報告」によれば、静岡県の人口は155万387人(政府統計より)。
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| 1923年 (大正12年) |
9月1日、相模湾の相模トラフを震源とするマグニチュード7.9の巨大地震が発生。
静岡県下でも駿東郡、駿東郡、田方郡を中心に大きな被害が出た。後の関東大震災で知られる。 県内の被害は、死者375人、行方不明者68人、全壊2298軒、半壊1万219軒(『図説静岡県史』)。 |
| 1926年 (昭和元年) |
ノーベル文学賞を受賞した川端康成の代表作『伊豆の踊子』が、雑誌『文藝時代』に掲載。伊豆を舞台とした名作。
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| 1944年 (昭和19年) |
12月7日、三重県南東沖を震源とするマグニチュード7.9の地震が発生し、静岡県、三重県で当時の震度階級の最大である震度6を記録した(東南海地震)。
戦時中であったため詳細は不明であるが、静岡県内の死者は295人とされる(名古屋地方気象台ホームページ)。 |
| 1945年 (昭和20年) |
太平洋戦争終結。
昭和19年に始まった県下各地の空襲は、敗戦まで数百回にのぼり、多くの人命が失われた。 |
| 1949年 (昭和24年) |
5月15日号を創刊号とする「県政だより(現「しずおか県民だより」)」は、毎月2回、各回11,000部発行、市町村を通じた各家庭回覧の方式であった。
翌1950(昭和25年)4月から、毎月1回の発行とし、発行部数を44,000部に増加し、各家庭回覧の円滑化を図った。 |
| 1954年 (昭和29年) |
焼津の第五福竜丸、アメリカ軍の水爆実験で「死の灰」を浴びる。
画像出典:焼津港に帰ってきた第五福竜丸(『県政概要』昭和32年版)
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| 1957年 (昭和32年) |
第12回国民体育大会、静岡県で開催。
天皇杯は、国体開始以来はじめて東京の手を離れて静岡県が獲得した。
画像出典:静岡市の目抜きをゆく天皇杯パレード(『県政概要』昭和33年版)
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井川ダムが完成。奥泉ダムを併せ両発電所の最大出力は14万9000KW。
画像出典:昭和32年10月竣工の井川ダム(『県政概要』昭和33年版)
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| 1958年 (昭和33年) |
狩野川台風(台風22号)で伊豆地方に大被害。狩野川、伊東市大川の氾濫により大水害。
県内の死者736名、行方不明者193名、重傷者294名、軽傷者1,203名。全壊449戸、半壊792戸(静岡県危機管理部 メールマガジン「静岡県防災」第39号)。
画像出典:泥海と化した函南村(現函南町)の水田(『県政概要』昭和35年版)
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| 1964年 (昭和39年) |
10月1日、東京―新大阪間をわずか4時間で結ぶ、世界で最も速い“夢の超特急”東海道新幹線が開業した。
開業当初の静岡県下の停車駅は熱海・三島・静岡・浜松の4駅。
画像出典:写真は富士川鉄橋のひかり号のわたりぞめ(昭和38年4月17日)(『県政概要』昭和39年版)
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10月10日、敗戦後の復興を世界に示すシンボルともなったオリンピック・東京大会が国立競技場で開幕した。
1940年に開催が予定されていた東京オリンピックが戦争で中止されてから24年。日本選手は大声援の中で大活躍し、体操、柔道、女子バレーボールなどで合計16個の金メダルを獲得した。
画像出典:オリンピックの聖火が県都静岡市に入る。このあと聖火は県庁へおさめられた(39.10.4)(『県政概要』昭和40年版)
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| 1968年 (昭和43年) |
県歌、県章、県旗を制定し、発表した。
画像出典:県歌、県章、県旗発表大会(昭和43年10月23日)(『県政概要』昭和44年版)
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| 1969年 (昭和44年) |
5月26日、東名高速道路(東京-小牧間、東海自動車道)の全線346.7kmが開通した。
1962年の着工から7年の歳月と工費3425億円を費やした大事業であった。その間、1968年4月25日に富士~静岡間で部分的に開通。
画像出典:東名高速道路・富士-静岡間が開通した。写真は開通式のもよう(昭和43年4月24日)(『県政概要』昭和44年版)
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4月25日、伊豆観光の新しい玄関口として、新幹線三島駅が誕生。
画像出典:新幹線三島駅が誕生した(『県政概要』昭和45年版)
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| 1970年 (昭和45年) |
県立中央図書館は、1925(大正14)年4月に県立葵文庫として、旧駿府城内に創設され、1970(昭和45)年4月、現在地に新築、開館した。
画像出典:県文化センター・県立中央図書館が開所(昭和44年4月18日)(『県政概要』昭和46年版)
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県庁東館が落成。
地下1階、地上18階、高さ64・55メ-トル、床面積27,277平方メートルで、耐震上有効な建築方式を採用し、関東大震災の3倍の地震にも耐えるとされた。
画像出典:県庁東館が落成(6月25日)(『県政概要』昭和46年版)
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| 1973年 (昭和48年) |
県庁西館が落成。鉄筋コンクリート造、地下1階、地上11階建て。
画像出典:左から西館、本館、東館(『県政概要』昭和49年版)
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| 1974年 (昭和49年) |
7月7日から8日かけて、台風8号と梅雨前線とによる豪雨に見舞われ、静岡市の平野部では一晩で508ミリの降雨量を記録した(七夕豪雨)。
県内の死者44名、負傷者241名、床上浸水26,452棟、床下浸水54,092棟という甚大な被害を出した(「県民だより」2024年6月号)。 |
| 1976年 (昭和51年) |
1876(明治9)年に静岡県が誕生して100年となる1976(昭和51)年5月12日、歴代知事をはじめとする約300人が出席して県政100年記念祝賀会が開催された。
この100年で、県の人口は95万人から330万人に増加した。
画像出典:県政100年記念祝賀会が静岡市で開催された(昭和51年5月12日)(『県政概要』昭和51年度版)
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| 1981年 (昭和56年) |
3月29日、主要地方道修善寺下田線にループ橋が完成。伊豆の新しい名所となった。
画像出典:安全性と美しさを誇る七滝高架橋(河津町)(『県政概要』昭和56年版)
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| 1982年 (昭和57年) |
1972(昭和47)年の日中共同声明が発表されて国交が回復すると、地方公共団体レベルでの友好交流も盛んとなった。
静岡県も、国交正常化10周年に当たる1982(昭和57)年4月20日、お茶やみかんの故郷といわれている浙江省との友好提携を静岡県庁で調印した。
画像出典:中国・浙江省との友好提携調印式(『県政概要』昭和58年版)
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| 1986年 (昭和61年) |
4月18日静岡県立美術館開館。静岡県議会100年記念事業の一環として建設された。
当初は駿府公園内に建設する予定であったが、発見された中世遺構保存のため、広大な県文化センター敷地内に変更された。
画像出典:県の芸術文化の拠点として静岡市谷田に完成した県立美術館(『県政概要』昭和61年版)
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| 1987年 (昭和62年) |
4月1日、静岡薬科大学、静岡女子大学、静岡女子短期大学の県立3大学を核とした静岡県立大学が、静岡文化センター内に開学した。
既設大学の伝統を受け継いだ薬学部のほか、国公立大学では初となる国際関係学部、経営情報学部、食品栄養科学部の4学部と短期大学部の5学部制とした。
画像出典:静岡県立大学が開学(『県政概要』昭和63年版)
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| 1988年 (昭和63年) |
3月13日、東海道新幹線に地元請願駅として新富士駅と掛川駅が開業した。
新富士・掛川駅の開業で県内は6駅となった。
画像出典:東海道新幹線新富士駅が開業(『県政概要』昭和63年版)
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| 1991年 (平成3年) |
8月1日、全国高等学校総合体育大会(平三総体)の総合開会式が草薙総合運動場で開催された。
8月20日までの開催期間に、県下15市9町を会場に26競技31種目が実施され、全国から3万余の選手・監督らが参加した。観客動員数は725,815人。静岡県選手は、団体3、個人19の優勝、8位入賞は団体46、個人83という好成績を収めた。
画像出典:全国から集まった高校生が青春の熱い戦いを繰り広げた全国高校総体(8月1日~20日)(『県政概要』平成4年版)
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| 1992年 (平成4年) |
バルセロナ五輪 200メートル平泳ぎ競泳で史上最年少で優勝した岩崎恭子さんが初の県民栄誉賞を受賞した。
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| 1993年 (平成5年) |
5月、Jリーグ(日本プロサッカーリーグ)が開幕。清水エスパルスは、Jリーグ発足当初から加盟した10クラブの一員(オリジナル10)である。
ジュビロ磐田は1994(平成6)年からJリーグに加盟、その後、アスルクラロ沼津、藤枝MYFCも加わり、静岡をホームタウンとするJリーグチームは現在4クラブ。 |
| 1997年 (平成9年) |
3月26日、国道1号静清バイパスの全線開通記念式典が開催された。
静清バイパスは、交通混雑緩和などを目的に計画された。1968(昭和43)年に事業着手し、全線2車線で開通した。それから約20年後の2018(平成30)年12月全線4車線化となった。
画像出典:記念式典が千代田上土インター高架上で行われた(県政概要』平成9年版)
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| 1999年 (平成11年) |
静岡市に文化交流、情報発信の拠点となる県コンベンションアーツセンター「グランシップ」が完成
画像出典:その名の通り“巨大な船”をかたどった建物の内部には、大中小ホールや、静岡芸術劇場、会議室、展示ギャラリーなど最新の施設を備える(『県政概要」平成11年版)
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| 1996年 ~ 2010年 |
1999(平成11)年に地方分権一括法が制定され、2010(平成22)年前の11年にわたって国主導による平成の大合併が推進されることになった。
静岡県内も、平成14年末の74市町村(21市49町4村)が平成21年度末には35市町(23市12町)に半減した。 |
| 2001年 (平成13年) |
5月10日、小笠山総合運動公園エコパスタジアムがオープンした。
翌2002(平成14)年には、2002FIFAワールドカップの会場として3試合を開催。
画像出典:「エコパ」の愛称は、「エコー・歓声のこだま」と「エコロジー・環境」を意味する「エコ」と「パル・仲間」と「パーク・公園」を意味する「パ」を組み合わせた合成語で、一般公募により名づけられた(『県政概要』平成14年版)
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| 2003年 (平成15年) |
エコパスタジアムをメイン会場に第58回国民体育大会秋季大会「NEW!!わかふじ国体」が開幕した。
17市21町1村を会場に、10月25日から30日までの6日間に32競技が実施され、約2万人が参加した。
画像出典:第58回国民体育大会秋季大会「NEW!!わかふじ国体」(『県政概要』平成16年版)
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11月8日から10日にかけては、エコパスタジアムを含む6市11会場において障害者スポーツの祭典第3回全国障害者スポーツ大会「わかふじ大会」が開催され、13の正式競技、1のオープン競技を実施し、全国から約5,500人が参加した。
画像出典:第3回全国障害者スポーツ大会「わかふじ大会」(『県政概要』平成16年版)
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| 2004年 (平成16年) |
4月8日、「花・緑・水〜新たな暮らしの創造」をメインテーマとする「静岡国際園芸博覧会」(浜名湖花博)が、浜松市内の浜名湖畔で開幕した。
会期は10月11日までの187日間。会場(面積約56ha)は、「花の街並」、「水の園」、「緑の里」という3つのエリアによって構成された。
画像出典:しずおか国際園芸博覧会 ほほえみの庭(『県政概要』平成17年版)
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| 2009年 (平成21年) |
6月4日、富士山静岡空港が開港した。
開港時は国内3路線(新千歳、那覇、福岡)、国際2路線(上海、仁川)が就航。7月にはフジドリームエアラインズが就航した(小松、熊本、鹿児島)。
画像出典:富士山静岡空港開港(6月4日)(『県政概要』平成22年版)
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すべての県民が富士山について学び、考え、想いを寄せ、富士山県章の理念に基づき、後世に引き継ぐことを期する日として、2月23日を富士山の日と定めた。(「静岡県富士山の日条例」制定(12月25日))。
画像出典:「富士山の日」制定記念 富士山世界文化遺産フォーラム(『県政概要』平成22年版)
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| 2010年 (平成22年) |
11月19日、東京・迎賓館において、モンゴル・ドルノゴビ県との相互協力に関する覚書に署名した。
翌2011(平成23)年7月27日から8月1日まで静岡県知事を団長とする県民交流団が派遣された。
画像出典:モンゴル・ドルノゴビ県との相互協力に関する覚書署名(『県政概要』平成23年版)
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| 2012年 (平成24年) |
新東名高速道路は、神奈川県海老名市から愛知県豊田市に至る総延長約250キロメートルの高速自動車国道で、まず2012(平成24)年4月に御殿場JCTから浜松いなさJCT間と、東名高速道路をつなぐ清水連絡路・引佐連絡路が同時に開通した。
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| 2013年 (平成25年) |
6月22日、ユネスコ世界遺産委員会において富士山の世界遺産登録が決定した。
神聖で荘厳な姿の富士山は、古くからの信仰の対象であり、また多くの芸術作品を生み出すなど芸術の源泉であることから世界でも高く評価された。 |
| 2020年 (令和2年) |
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、1月30日にWHO(世界保健機構)が国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)を宣言されるなど、世界的に感染が拡大した。
日本国内においても4月16日に緊急事態宣言が全国に出され、本県でも重点的な感染拡大防止の取組が実施され、密閉・密集・密接という3つの条件(「三つの密」)を回避する等の「新しい生活様式」を提唱した。 |
| 2026年 (令和8年) |
静岡県誕生150周年
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※参考文献:『静岡県の歴史散歩』(山川出版社、2006年)
『静岡県の歴史』(山川出版社、1998年)
『新聞に見る静岡県の100年』(静岡新聞社、1999年)
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