第27回伊豆文学賞 入賞作品あらすじ(作者自身による作品紹介)

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ページID1059618  更新日 2024年1月18日

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(1)小説・随筆・紀行文部門

最優秀賞 「破城の主人」(小説)

 天明六年の八月、十代将軍家治逝去を皮切りに、その権勢に比肩するものが居なかった田沼主殿頭意次は凋落の一途を辿っていた。翌年十月には五万七千石の石高を誇った遠江は相良の領地からの転封と相良城の破却の沙汰が御公儀より下された。
 城を預かる倉見金太夫は明け渡しに向けて事務処理に追われていたがその最中にかつて仕官していた三好四郎兵衛が櫓に立て籠もり主人である意次の入城を要求した。
 次々と相良に到着する幕使との折衝と、四郎兵衛の説得に追われる金太夫は自分の中に芽生えた思いに気が付きながらも城代としての務めを果たすため、主人意次の沙汰を待つ。
 城地明け渡しの当日、間一髪のところで意次からの書状が届き、四郎兵衛は観念して櫓を明け渡す旨を伝えるもその矢先、廓に二発の鉄声が鳴り響き、四郎兵衛は屠腹する。
 四郎兵衛の自害をもってして籠城劇は幕を閉じ、相良城は開城と相成った。

優秀賞 「三日のつもりが三か月 しずおか、静岡」(随筆)

 私は京都に住んでいる。羽生結弦がエコパアリーナでやるアイスショーの切符が当たり、飼っている犬と鳥を連れて久々の帰省をする。実家は金谷、今は無人になっている。二泊三日のつもりだったが、ショーの帰途、転倒して救急車に乗るはめに。右膝の皿が割れており、ギプスに松葉杖になる。京都に戻ることは断念し、夏の三か月、金谷の実家にいることを選ぶ。友人知人、親戚の助けをかりて、金谷から掛川まで通院した。忘れていたふるさとの空気、気候、景色、食べ物、言葉、友人たちなどに触れ、改めて自分が静岡人であることを思い知らされることになった。その間、お盆もあり、亡き両親の遺した短歌などに触れながら、両親のことも振り返る時間となった。まるで、ふるさとや先祖や亡き両親が与えてくれた三か月だった気がする。今「ある」自分は、ふるさとやご先祖さま、亡き両親、友人知人たちのおかげで「ある」のだ、と改めて思った。

佳作 「兎たちの居た場所」(小説)

 杏奈は遠州に生まれた。小さい頃から周囲となじまず友人とも上手く関われずにいたが、親友の莉子だけはいつも彼女の味方であった。
 小学校の兎が脱走した事がきっかけで、中学では陸上部に入る。高校の時は田中さんという友人の家にも行くが、杏奈が別グループに入り疎遠になってしまう。
 大学生になり富士山がよりはっきり見える静岡市へ移るが、その頃小学校が廃校になると聞く。彼氏ができ、アルバイトを始めてもやはり莉子は側に居て、相談にのってくれたり、一緒に伊豆の温泉へ行ったりする。
 二人が卒業し結婚した後小学校は本当に廃校になる。しばらくして莉子に病気がみつかる。度々メールが届き、杏奈は了解とだけ返事をする。
 莉子が居なくなり、歩道橋に上り下を見ていると莉子の声が聞こえた。杏奈はその夜学校と兎の夢をみる。そして莉子の居なくなった日常へと戻っていく。

佳作 「太鼓リール」(小説)

 医者の直人は診療に従事しながら京都の大学で脳の研究を続けている。四月末祖父の死の知らせを受けるが、都合で葬儀に参列できなかった。連休後彼は沼津の祖父母の家へ急行する。そこは彼が小学六年生の一年間を過ごした家だった。四年生のとき父がひき逃げされて死に、彼はいったんは母の姉の元に預けられたが、転校先でいじめをうけて引きこもってしまい、みかねた祖父が引き取ったのだった。
 彼は海辺の村で祖父に漁師の生活を、友達に自然の中での遊びを教わり、活力を取り戻したのだが、今祖父母の家へ向かうバスの中の彼の目にうつる海辺の景色がその一年を振り返らせていた。

(2)掌篇部門

最優秀賞 「海へ」

 清水の三保半島にある小さな水族館は、深海魚の標本や展示があっておもしろい所です。私はここによく行っていたのですが、その体験をもとに短い物語にしました。リュウグウノツカイという名前から、いつも浦島太郎を連想します。
 語り手は時間の流れと曖昧な記憶に戸惑いながらも、様々なものに触れて世界を見つめ回復していきます。

優秀賞 「畳のある家」

 一人の男が彼の母の実家に出向き、もぬけの殻となった家を片付ける。片付けられる物と片付けられない胸懐。時が止まっている光景。男の娘が無垢に掘り返す記憶。無意識的に植え付けられてきた男らしさと父性との対峙。そのすべてを知る家。もちろんフィクションですが、冷凍庫の中のハーシーズとヨーロピアンシュガーコーンについては私の実体験からきており、幼い頃の私が一番憧れたアイスです。

優秀賞 「ヤマモモの実が熟す頃」

 可愛がってくれた祖母との別れの日、奥座敷には、山桃の実がなっていました。山桃は祖母を見守ってくれているかのようでした。たわわに実り、熟し今にも地面に落ちそうです。その晩、隣の家に遠州大念仏がやってきました。念仏の音に重なる祖母の動機。
 幼い頃から大念仏が好きでした。その念仏踊りが亡き人の魂を慰めるものだと実感した瞬間でした。今でも毎年その時期が近づく頃になると、山桃と亡き祖母を思い出します。

優秀賞 「闇を照らすのは」

 突然の事故により両親を亡くした由羅は、静岡の祖母と一緒に暮らしはじめることになった。祖母は由羅の好物さえ知らない。
 ぎくしゃくした日々のなか、祖母がある一皿を由羅に差し出した。それは以前、母がよく作ってくれていた思い出の味だった。由羅は祖母と夢中になって食べて食べて、食べていたら泣けてきて、気づけば食べすぎて、思わずふたりで笑っていた。ふたりのこれからを、その一皿が照らしだす。

優秀賞 「尊之島エレジー」

 父の仕事の関係で小学校2年生の9月から中学1年まで西伊豆町田子で生活しました。よそ者として、この町で起こる様々の出来事に子供の私はドキドキしながらも楽しみました。PC上の衛星写真からですが、過疎化ですっかり変わった町並みに当時の鰹を煮る臭いと海を感じながら文にまとめました。

優秀賞 「鬼射の的」

 「鬼射(おびしゃ)」とは、射手が的を射抜くことにより一年の無病息災と五穀豊穣を願う伝統行事で、下田市の無形民俗文化財にも指定されています。コロナ禍で長らく中止となっていたこの行事が、三年ぶりに開催されたところに着想を得て、本作を書きました。人口減少や後継者不足で存続の危機に瀕している地域の伝統行事や、それに関連した人々の営みに対して、一人でも多くの方が思いを馳せていただくきっかけとなれば幸いです。

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