第29回伊豆文学賞 入賞作品あらすじ(作者自身による作品紹介)
(1)小説・随筆・紀行文部門
最優秀賞 「ふたりひょっとこ」(小説)
「徳丸(とくまる)、見てろよ。おれ、お前がいなくても踊るからな。やってやるから。」
小学5年生の利人(りひと)は、毎年参加している秋祭りのお囃子練習の場で、見慣れない子供と出会う。徳丸と言うその子供は、遠方の隣町からお囃子のひょっとこを踊る為だけに練習に参加していた。
そんなある日、祭りのお囃子長から言われて利人も徳丸と一緒にひょっとこを踊る事になってしまう。初めこそ戸惑っていた利人だが、徳丸と何度も練習を重ねる内次第にその魅力に気づき夢中になっていく。
ところが祭り本番を数日後にひかえたお囃子お披露目会の前日、利人は大人達から徳丸が祭りに出られなくなった事を聞かされる。徳丸の踊りに込めた思いを知った利人は、周りに背中を押されて一人でも踊ろうとお囃子長に頼みに行くのだった。
優秀賞 「運河と少年」(小説)
清水港の最も奥まったところに、忘れ去られたような無名の運河がある。母子家庭の一人息子である中学生の岡田雄介は、そこで釣りをすることを覚え、その日も運河に出掛けたが、不注意で岸壁から海に落ちてしまった。雄介を助けたのは、そばに係留されていた外洋ヨットの持主、熟年男の山梨浩一だった。
山梨は雄介を自分のヨットに招き、現れた女友達の中山紀子とともに昼食を雄介にふるまう。雄介はヨットの船室に魅せられ、また中山の弾くギターにも感動する。一週間後、雄介は自分が思いを寄せている堀口由美子と、その友達の滝戸理沙と一緒に山梨のヨットを訪ねる。と、折悪しくクラスの不良少年とその兄貴分の男が単車で通りかかり、雄介に因縁をつけた。そこに山梨が現れ不良どもを追い払うが、ほどなくヨットは放火されて使いものにならなくなる。それから半年が経ったある日、雄介は山梨からの電話を受け、待ち合わせ場所に向かって自転車を漕ぎ出した。
佳作 「盆の中日」(小説)
あの世から盆の中日の1日だけ現世に戻った私と妻と息子夫婦の4人は、位牌を祭ってある孫の千鶴子の家を訪れる。驚きおののく千鶴子もやがて私たちを受け入れ、彼女の孫の千春と共に盆の食卓に付く。千春の質問が私に集中し、私は60年に渡る自分の人生を改めて思い返すことになった。
明治20年生まれの私は三島大社近くの老舗の和菓子屋で裕福に育った。しかし、祖母が亡くなり父が詐欺に遭い商売が傾いていく。八人兄弟姉妹の兄達は仕事を求め家を出ていき、母と姉が店を細々と続けていった。私は進学の夢を捨て近くの薬局に丁稚として働くことになった。その後、長兄と末弟を病気で失い、悲嘆に暮れる日々が続くが、薬品の勉強も怠らず、自分の薬品店を持つ夢にすがる。そんな頃妻と出会い、妻の兄の援助で裾野に店と家庭を構えることとなった。
玄孫に語り終える頃には日も押し詰まり、私たち4人は千鶴子と千春に見送られ、再び漆黒の中をふわりと浮いた。
佳作 「ナンキンンハゼ」(小説)
知恵遅れで生まれ、両親を早く亡くした六郎は、厳しいながらも愛情深い姉三津子に育てられ、新聞配達をして生計を立てている。一度は嫁いだものの、実家に戻って来た三津子と、ナンキンハゼの公園の近くでつつましやかな日々を送っていた。シングルマザーの栄子が幼い真理を連れてナンキンハゼの公園に来たことから、4人は家族のような時間を過ごすが、突然栄子と真理は姿を見せなくなる。六郎はずっと真理を待ち続けた。それから10年以上経ち、高校生になった真理と六郎は、ナンキンハゼの公園で再会する。大雨の日に六郎が真理を助けたことで4人はまた、家族のような結び付きを取り戻し、楽しい時間を過ごしたのも束の間、三津子がコロナに感染、あっけなくこの世を去った。六郎を励ます真理。真理は自分の姿から、栄子や三津子の愛情に気づき、自分らしく生きることを探し始める。六郎はそんな真理の笑顔に、幸せを感じるのだった。
(2)掌篇部門
最優秀賞 「海と砂の境目で」
熱海の実家の旅館へ向かう途中、皐月は女将となった兄嫁・明美の経営方針や、家業を継がなかった自分に思いを巡らせる。母の着物をまとった明美に出迎えられ、実家の玄関扉を開けたとき、皐月はこれまで目を背けてきた過去と現実に向き合うことになる。
優秀賞 「静風」
ある老夫婦に、一つの終わりが訪れる。夫が末期がんを宣告され、余命いくばくもないことを知った妻の「私」。ふとした夫の呟きを聞き、入院前に小旅行を決行する。行き場所は、夫が幼少から高校に入るまでを過ごした静岡県三島市である。道中三嶋大社を訪れ、夫との最期の時間を共にする「私」の横を、一筋の静かな風が通り過ぎる。顔を上げると、風の行く先には御本殿が荘厳に存在していた。
治療の甲斐なく、数か月後、夫は他界する。
葬儀の際、また一筋の風が吹き抜け、供花の花弁が夫の口許を覆う。その時の夫の表情を、「私」は生涯、忘れることはないだろう。
優秀賞 「賎機」
いやしい機『賎機』と書く私の住む地。認知症の母の言動で疲弊していく私が、世話を投げ出す事はいやしい行いか?と自問する。子殺しをしたつばめのセキズを思いながら、世代交代を考える私のリビングウィル。
優秀賞 「死なせぬ神」
愛しい我が子に障害の診断がおり、生きることさえ困難になってしまった主人公陶子は娘を連れて冬の熱海へと旅に出ます。
誘われるように海へ入っていく二人の前に突然現れた一人の人物。 啓示を受けて、心を洗われ、たくましく生き抜く力を得た陶子は、20年後、再び母娘で熱海を訪れるのです。
力強く『今』を生きてゆく女性の物語を描いてみました。
優秀賞 「白い奇跡」
卒業式間近の海辺の町の高校。クラス内で孤立しがちな女子生徒が、雪知らずの街で初めて見る雪に心を躍らせ、教師とともに幻想的な光景を共有する。お互いの心が近づくひとときを通し、教師は女子生徒の成長と未来を静かに願い、双方にかけがえのない思い出となる物語。
優秀賞 「僕と祖父とわさび」
受験に追われる高校3年の夏、僕は伊豆の山奥にある祖父の家へ連れていかれる。そこには、澄んだ湧き水と静かなわさび田、そして寡黙だが確かな芯を持つ祖父がいた。冷たい川に手を入れ、わさびを育てる時間に触れる中で、焦り続けていた心が少しずつほどけていく。自然の匂いと祖父の背中が教えてくれたのは、すぐに結果は出なくても、根を張ることの大切さだった。伊豆のわさび田を舞台にした、夏の終わりの静かな成長の物語。
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