あなたの「富士山物語」(月下/津田実由起)

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ページID1019301  更新日 2023年1月13日

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月下/津田実由起

やっぱり日が暮れると気持ちいい。きっと、夜行性の本能だ。このままぼんやり寝転んでいるのもいいが、心地良い風がひげを揺らしたから、そろそろ起きる決心をする。

草叢から這い出てちょっと上を見てみると、藍色の空に残照とでもいうのかな、太陽の最後の光を浴びてお山がピンク色に染まっている。オイラはこの時間帯のお山が一番好きだ。単純だけど、きれいだなって思う。

ちょっと歩くと膨らんだ白いビニール袋が落ちていた。珍しいものではない。この辺りではよく見かけるものだ。匂いを嗅いでから前足やキバを使って袋の中身を出そうとする。

「ちょっと、ちょっと!」

ちぇっ、うるさいヤツが来やがった。茶色と白のツートーンカラーのメス猫が、するりと木の枝から下りてきた。

「相変わらず下品ね。ゴミ袋を漁るなんて。」

「うるせえよ、お富士。」

まったくコイツは、お山と同じ名前を名乗りやがって本当にいけすかない。

「うるさいとは何よ。あんたもワタシを見習って、人間を見たらきれいな声で鳴いて、近づいてきたら頬ずりしなさい。ちゃんとした食べ物がもらえるから。」

「オイラはそんなことはしない。媚を売るのは大嫌いなのさ。」

「強がり言って。ゴミ袋じゃ、ろくな食べ物がないでしょ。」

「ご馳走ばかりさ。」

「ふん。ご勝手に。」

お富士は冷たくしっぽを向けて草叢に消えていった。

別に媚を売らなくたって困りはしない。ご馳走とまでいかなくても、ゴミ袋の中には何かしら食べられるものがあるから。お山中のゴミ袋を集めたらきっと食べきれない。

オイラはゴミ袋の中の食べ物を食べる。食べられるものを食べないというのは、もったいないというものさ。当たり前のことじゃないか。それなのにお富士はわざわざもらいやがって。

前足の爪を地上に立てて思いきり体を伸ばしてみた。いつの間にか、日は完全に沈んで月が出ている。お山は月の光を受けて佇んでいた。

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