第7回伊豆文学賞 優秀賞「白い帆は光と陰をはらみて」

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ページID1044419  更新日 2023年1月11日

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優秀賞「白い帆は光と陰をはらみて」

弓場 剛

東の空が少し白白明けになり、朝焼けが雲を黒く映し出していた。鳥の声が遠近(おちこち)で湧きだし、その囀りで緒明嘉吉は起こされた。足早に井戸に向かった。そして小半刻も経たないうちに作業台の前に座り、鼻緒を作り始めていた。横緒定木を当てて切り出した一寸裁ちの小切れで絹天緒(きぬてんお)の皮を作っている。両端を縫い合わせ筒状にして表が内側になっているのをひっくり返せば横緒の皮ができあがる。鼻緒を作る手順でこの裏返しの作業により、さっと美しい横緒の模様ができることだけが嘉吉の僅かな慰めになっていた。

緒明嘉吉は伊豆の戸田村の腕の良い船大工の棟梁である。仕事が無い時は、貧しさのために内職の鼻緒をつくる。人は、鼻緒を作り続けて夜が明けたので、緒明けと屋号の様に言う。実のところは、手元が見えるようになる早朝から作り始めるのである。人は早朝から鼻緒を作っている嘉吉を見て、夜通しをしていると誤解をしたのだ。一本作って四文にしかならないのに、高い灯油を灯して作ることは無い。蔑みの中にもほんの僅かながらも畏怖があるように思えるこの屋号のようなものを嘉吉は受け入れていた。

安政元年十一月四日、朝五ツに大地震が起こり、大津波が伊豆の村々を襲った。戸田村は不思議なことに大地震にも大津波にも、その被害にはあわなかった。あったといえば老人が四、五人腰を抜かし、津波が小舟を二、三隻沖へ攫っていったことぐらいであった。

しかし、戸田村の人々は現出した大津波の恐ろしさに息を詰め、身じろぎもできないでいた。

沖の方から海が雄叫びをあげて立ち上がってくる。陸に近づくほど勢いと波濤を高くした。あたかも海の崖が迫ってくるようであった。大津波は戸田村を襲わず、湾の入り口近くで二手に分かれて隣の村を襲った。隣村を襲っている不気味な地響きが何度も響き渡り戸田村の人々の心臓を押し潰すほどの暗澹とした気持ちにした。

皆が、戸田村は竜神様がお守りになっているから地震や津波から逃れられる、と言う古老の言い伝えを思い出していた。津波の残響の中、多くの村人が小さな竜神様の祠の前に集い頭(こうべ)を下げて感謝し、他村も災害が少ないことを祈った。

近隣の村に様子を見に行った若者達が疲れ切って昼八ツに次々に戻って来た。よその村は地震と津波に襲われてほとんどの家が壊され、たくさんの死傷者がでている。泥沼になった村に津波で運ばれた大岩が残されており、泥の中から人の手や足がでている。目をそらすと木の枝に死人がひっかかっている。話を聞いている村人の方が震え出していた。村にいる馬がすべて集められ米俵、味噌、釜、薪などが担わされており、村役と五十人程の男たちが二手に別れて出立した。

早速集落毎の寄り合いがもたれ、合力米の相談になった。肝入りが名主の意向としては未曾有の地震と津波だったので戸田村としてはできるだけのことはしたい、と言うことであった。肝入りは最初に嘉吉に尋ねた。
「緒明の嘉吉さん、合力米はどれ程お願いできるかな?」苦虫を噛み潰した顔で言った。

いつもならば、米と金は無い、と言って横を向くのだが、今回は少し間を置いて応えた。「米二斗と銭四百文」と低い声だがはっきりと言った。貧しい嘉吉にはかなり重いものであったが、肝入りの後方に見える常盤木を表情を変えずじっと見ていた。
「米は二升ではなく、二斗なんですね。随分奮発したものだ」

肝入りは不安げに問うたが嘉吉はジロリと強い一瞥を与えただけであった。肝入りは鼻白みながら、米二斗と銭四百文、と小声でいいながら手控に記した。

集落の大半の者の合力米は米二斗と銭四百文になっが、嘉吉は少し後悔をした。自分が言い出したものだが、その負担の重さもあるが、同じ貧しさにある者が同じ強力米を申し出たのであった。その者は妻子持ちであった。

戸田村の温和な人々も地震による縁者の悲報に次々と接して殺気立った気配から重苦しい雰囲気が支配するようになった十一月二十二日の九ッ過ぎ、櫓を横に操り不思議な形をした小舟が戸田湾に入って来た。下田奉行所の小人目付と普請役が二人の異人に付き添って浜に上がった。戸田村は大変な騒ぎになった。女子供は家に引きこもり、戸を閉ざししんがり棒を二重にかけた。男たちはヘッピリ腰で浜に出向き、異人と役人を遠巻きにした。

村の騒ぎを嘉吉は知っていたが、鼻緒を作る手は休めなかった。
「妙な形をした小船に乗った異人と役人が浜に上がって来た。嘉吉さん、行って見ようよ」と隣の者が声を掛けてきた。異人には興味はなかったが異国の妙な小船は見たかった。
「ああ、ちょっと待って」と言って手早く鼻緒を一つ仕上げて立ち上がった。

浜には既に大勢の男たちが集まり、異人の一挙手一投足を注視していた。異人は歓喜の声を張り上げ、男同士が抱擁していた。嘉吉は異人と村人を横目でにながら、浜に乗り上げて置いてある異人の舟を見ていた。暫くすると近郷で一番大きな船大工の棟梁の大門屋展徳が船大工の小頭の治平たちを供にして異人の舟を見に来た。
「嘉吉さん、熱心だね。何か分かったかね」と展徳が鷹揚に尋ねた。
「ああ、船側が深い。これならかなりの波に耐えられる。櫓の使い方が安宅船ようだ」
「なるほど、舟の作り方もだいぶ違う」
「この舟を乗せていた大船はどこで風待ちをしているのだろう」
「先程、お役人に聞いたところ下田の沖に錨を降ろしているということだ。あの戎(えびす)たちはオロシャという国から来たのだと。このあいだの大津波でオロシャの大船はかなり破損したそうだ。修理する所をさがしていてここを見つけて異人は大喜びをしているのだ。オロシャの国は清国の隣にあるそうだ。天竺、シャム、ルソン、支那を伝わって本朝にたどり着いた、ということだ。大船の大きさは長さは半町より長く、高さは寺の堂宇より高いそうだ。そんな大船をどんな奴が作ったのか?天竺の先にはどんな国があるんだろう。いやはや大変な世の中になったものだ」と大門屋展徳は自分で頷きながら言った。
「ところで嘉吉さんは船大工の仕事をしているのかい」と唐突に大門屋展徳は尋ねた。

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