第8回伊豆文学賞 特別賞「若山牧水の山ざくらの歌と酒」

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ページID1044412  更新日 2023年1月11日

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特別賞「若山牧水の山ざくらの歌と酒」

伊藤正則

牧水の旅を追体験

桜のころになると、私は若山牧水の?山ざくら」の歌が目に浮かび、ごく自然に口をついて出てくる。

うすべにに葉はいちはやく萌えいでて咲かむとすなり山桜花

若山牧水は、大正十一年三月二十八日から四月二十日まで、伊豆・湯ケ島温泉の湯本館に滞在、山桜の歌、二十三首の大作をものにした。牧水の円熟期を代表する名歌に数えられる歌である。

第十四歌集『山桜の歌』(大正十二年五月刊)の中で、特に?山ざくら」と題してまとめ、詞書には?三月末より四月初めにかけ天城山の北麓なる湯ケ島温泉に遊ぶ、附近の渓より山に山桜甚だ多し、日毎に詠みいでたるをここにまとめつ」とある。

また、牧水の紀行文『追憶と眼前の風景』(中公文庫)もこの旅の成果であったが、湯ケ島の渓流沿いに咲く山桜の風情、天城山の噴火口あとの八丁池への登山の様子などが生き生きと描かれている。

牧水の歌や紀行文を読みながら、その現場を歩けば、歌に秘められた奥深い意味や文献だけでは分からない裏話などを知ることができるだろうと、うずうずしてくるのだった。

長年の念願がかなって、二〇〇四年四月五日から三泊、山桜の満開となった湯ケ島温泉に宿を確保して、牧水の歌を追体験する旅に出た。

山ざくらの歌碑

牧水の山ざくらの歌碑の前に座り込んでいる。もう、一時間以上もここにいるだろう。

ぽかぽか陽気の昼下がり、ひとり、酒をときどき嘗めながら、山桜を眺めている。

修善寺から約三十分、湯ケ島温泉口でバスを降りると、すぐ前が酒屋の天城屋商店。大きな幕に、地酒?天城」と印され、ガラス窓には?牧水の愛した地酒、天城」との張り紙が目にとまった。

さっそく?上撰天城」の四合瓶を買って、西平神社の参道近くの見晴らしのいい高台に建てられている山ざくらの歌碑にやって来たのだった。まずは、花崗岩に刻まれた牧水の山ざくらの歌に酒を注ぎ、一献捧げた。

酒に濡れた、歌碑の冒頭の?うすべにに葉は…」の歌が、日に照らされて乾いていくのを眺めながら、私も?天城」を静かに飲みはじめたのだった。

何度読んでもいい歌だ。?うすべにに葉はいちはやく萌えいでて」とは、山桜の特徴をじつに見事にとらえている。

若葉が開くと同時に開花する山桜は、花のあでやかさを若葉がおさえ、ソメイヨシノのような派手さはないが、清楚で凛としている。そして、新芽・若葉と花との対比が美しい。このような山桜の美しさ、気品がそのまま牧水の歌に詠みこまれているように思うのだ。

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