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1年程前スウェーデンに調査に出かけた際、「日本人であること」を実感する出来事を体験した。それは、ストックホルム空港への着陸態勢に入った時であった。日本人スチュワーデスから「お急ぎのところ誠に申し訳ありません。ストックホルム空港が混雑しているため、上空でもう一度旋回して順番を待つことになりました」という日本語でのアナウンスがあった。その後のスウェーデン人のスチュワーデスからの英語でのアナウンスは、なぜ旋回しなければならないかという理由説明のみであった。「遅れたのは空港が混雑しているため」とし、「40分ほど遅れる」とは言うが、「申し訳ありません」とは言わない。それは、乗客は遅れたのは自分たちが乗っている飛行機の操縦士のミスではなく、着陸する空港が込んでいるためということを知っているためで、「申し訳ありません」と言うこと自体がおかしいと思うからである。しかし日本語のアナウンスで、「お急ぎのところ申し訳ありません...」が入っていないと、何となく冷たく感じてしまう。このように感じるのは、私自身が「日本人としてのアイデンティティ」を確立しており、日本人として考え、行動しているからだと思われる。
「自分は何者か」といったアイデンティティを確立することは、人間にとって人生を左右する重要なことである。ところが、今、私たちの周りで、このような知識を獲得できない子どもが増えている。1彼らは親の仕事の関係でブラジルやペルーからやってきた外国籍住民の子弟である。「日本人とコミュニケーションできない」「日本の教育制度が分からない」といった悩みを抱え、日本語も母語も自己表現の手段にはならず、日本人と同じ教育を受けたくても受けることができない。このことは、自己が望む人生設計を日本人の子どもと同じようにはできないことを意味する。ヒトは、さまざまな知識を獲得し、自己実現を目指すという、誰にも侵すことのできない「人権」を持っている。人生を豊かなものにするかどうかは、子どもの頃に獲得するさまざまな知識であり、体験である。どこの国の子どもであろうと、子どもは私たちが未来を託すことのできる宝物である。その宝物を温かく見守り、育んでいくことがヒトに与えられた使命の一つである。子どもの生活・教育環境は、その子どもの人生までも決定づけてしまうほど大きな意味を持っている。静岡県民の中から、その使命を理解し、外国籍住民の子弟が抱える問題に積極的に関わり、解決方法を考えていこうとする人々が出てきてくれることを願っている。そのような人々が集まり何らかの組織を形成し、そこに自治体や教育機関、産業界などが加わり「大きな輪」を構築できないだろうか。それができれば、この静岡県発の試みは、多くの「宝物」を世に送り出すという重要な役割を担うことになるだろう。
(注) 1静岡県内での不就学の子どもの数は正確には把握されていない。しかし、群馬県太田市で実施された、小中学校に通うブラジル人の子どもたち(233人)を対象にした調査によれば、公立学校に通う者が49.0%、ブラジル人学校が17.6%、不就学が33.5%であった(小内 透 編著(2003)『在日ブラジル人の教育と保育』明石書店)。