しずおか文化財ナビ 横尾歌舞伎

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ページID1021499  更新日 2024年1月5日

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写真:準備中

よみ
よこおかぶき
指定区分、指定種別
県指定/民俗文化財 ・ 無形民俗文化財
指定日
1974年4月18日
員数
 
所在地
静岡県浜松市浜名区引佐町横尾
一般公開有無
駐車場の有無
公開情報
例年10月第2週の土日

文化財の説明

【指定資料】 万人講の延長である横尾歌舞伎などの組織が昭和38年に引佐町芸能保存会と改組され、現在に至っている。万人講の結成年次は明らかではないが、凡そ150年以上前といわれている。台本は、明治17年から明治末年頃のものが多く、その頃、盛んであったようで、伝承は今日まで続いている。また引佐町の各所に歌舞伎舞台があり、衣装、かつら、その他大道具、小道具等も数多く保存され、出しものとしては絵本太功記等30種目を数える。
【紹介資料】 10月7・8日
横尾歌舞伎は江戸時代以来の農村歌舞伎で、毎年10月7・8日の両日氏神の祭典余興として開明座を呼ぶ村の舞台で上演されてきた。横尾歌舞伎を伝える横尾・白岩地区は、江戸時代には横尾が井伊ノ谷近藤、白岩が金指近藤と村を治める領主が異なり、氏神も横尾が八柱神社、白岩が六所神社、明治になって東四村として統合された。横尾歌舞伎を伝える引佐町には現存する舞台だけでも12、昭和10年代までは16もの常設舞台があった。これに仮設舞台も加えればこの倍以上もの舞台が存在したと伝え、いかにこの地方が歌舞伎に熱中したかが理解されよう。そうした中で開明座の横尾歌舞伎のみが太平洋戦争後も継続され今日に至るのは、まず大道具・小道具を始め鬘・衣装・台本などを保有していたことと、役所をはじめ太夫・三味線・床山・つけ打ちなどみな自分たちでまかなえたからといわれる。太平洋戦争前から、戦後も昭和30年代まで、青年会に入る者はかならず横尾歌舞伎をやる定めがあり、出演できない者は開明座つきの風呂焚きをやらされたといわれる。つまり村の青年会(青年団の前身)が横尾歌舞伎の担い手だったのである。が、現在ではマイカーで浜松方面に働きに通う青年がほとんどで、現状では歌舞伎少年団とお年寄り、それに夫人たちが支えていると言っていい。
忠臣二度目の清書、平右衛門切腹の場などでは衣裳仕掛け〈ブンカエリ〉が使われるなど、衣裳1,000点をほこる横尾歌舞伎ならではの衣裳仕掛けが多用されるのも1つの特色となっている。
(静岡県教育委員会1994『ふるさと静岡県文化財写真集4 民俗文化財・無形文化財編』より)

地図情報

地図

このページに関するお問い合わせ

スポーツ・文化観光部文化局文化財課
〒420-8601 静岡市葵区追手町9-6
電話番号:054-221-3183
ファクス番号:054-250-2784
bunkazai@pref.shizuoka.lg.jp