人づくりちょっといい話35

ツイッターでツイート
フェイスブックでシェア
ラインでシェア

ページID1018570  更新日 2023年1月11日

印刷大きな文字で印刷

自分の言葉で自分の答えを引き出す

かつて宮城教育大学の学長までされた、林竹二先生という大変な学者がいらっしゃいました。私も何度かお目に掛かってお話を伺いましたが、林先生という方は、教室の中で子どもたちに会ったときに、どんな子に一番目を付けると思いますか。一番遅れた子、どんなに質問しても、「えーっと、僕は…」と言って、頭を掻いてなかなか言葉に出ない子なんです。

普通は、「こういうふうに言ったらいいんだよ」という一つの約束事みたいなものが、先生と生徒の間にできてしまっている。しかし、その整備された言葉を使っていると、いつまでも自分というものが残ってしまう。その残ってしまっている自分というものを引き出させることが教育ではないか。社会や組織の中ですでに確立され、整備されたデータを次の世代に渡していくという作業を今まではやってきたけれども、本来の教育というのは、心身の成長に伴って子どもたちに必要だと思われるものを与えていくことなんだ。そのためには、子どもの持っている声というものを聞く教師にならないと、「この子にはこれが必要だ」ということが分からない。そして子どもは、自分が必要としていることを話してくれた教師に対しては全幅の信頼を置いて、あとはそんなに努力をしないでも、話をすればスースーとその子の体の中に染み込んでいく。このように林先生はおっしゃっているんです。

林先生の教育が非常に面白いのは、先ほど言いましたように、一番遅れた子から話を聞いていくということ。その子が言いよどんでいると、「心配しなくてもいいんだよ。君は先生の質問に答えればいいんだ。ほかの子の答えに気を取られる必要はないよ」と言ってあげる。すると、ケロッとした顔になって、「ああ、そうか」と自分の答えを出すというんです。この「自分の答えを出す」ということが非常に必要なんですね。

竹内敏晴さんという演出家が、『ことばがひら劈かれるとき』(筑摩書房、1988年)という本の中で、話し言葉は声の一部に過ぎない。声は体の一側面に過ぎない。だから、本当のインフォメーション、本当のメッセージというのは、体全体で語り掛けたときに本当のメッセージになるんだ、ということをいっているんですね。私は見事な定義だと思うのですが、林先生は、そのような状態をつくり出すため、つまり、子どもたちが体全体で答えるために、「これを言ったら間違えるかな?」「これを言ったら笑われるかな?」ということを一切やめさせて、「今、君が考えている一番大切な心の底にあるものを体全体で答えてごらん」ということを、繰り返しおっしゃるんです。

教育問題について、いろいろなところでお話をさせていただいたり、聞かせていただきましたが、その原点というものは、実は教育ということを超えて、人間の心の成長という大変大きな問題に取り組んでいかなければいけないんだな、とつくづく感じました。

草柳大蔵著「続・午前8時のメッセージ99話」(2002年発行)より

このページに関するお問い合わせ

スポーツ・文化観光部総合教育局総合教育課
〒420-8601 静岡市葵区追手町9-6
電話番号:054-221-3304
ファクス番号:054-221-2905
sougouEDU@pref.shizuoka.lg.jp