あなたの「富士山物語」(登れば厳しく、仰ぎ見れば優しき「富士山物語」〈わが心の師、そして友〉/渡辺郁子)

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ページID1019386  更新日 2023年1月13日

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登れば厳しく、仰ぎ見れば優しき「富士山物語」〈わが心の師、そして友〉/渡辺郁子

古来、富士山は火を噴く山として人々に恐れられ、室町時代に入って禅宗の影響を受け、近より難い崇高な信仰の山として崇められるようになりました。

遠く仰ぎ見る富士山が、庶民の山として親しまれるようになったのは江戸時代からです。

葛飾北斎〈冨獄三十六景・神奈川沖浪裏〉は、世界で最も有名な富士山の絵と言われています。画面に描かれる大波、小波。波に飲まれそうになりながら懸命に舟を操る漁師たち。米粒程に描かれている男達の様子はリアルです。こんな人々を、画面のずっと奥深くに泰然と坐り見守る富士山。凝と見つめていると、富士山はより大きな存在として心に映り、こちらを圧倒してきます。

沼津に生まれこの地にずっとくらしてきた私ですが、二年間だけ東京の町田市郊外で学園生活を送りました。女子寮から見える富士山は、ほんの少し富士の頂が見えるだけで、校歌で~大空高くかかとを上げて富士の高嶺はのぞいてる~と歌ったものですが、ほんのてっぺんしか見えない富士山を見ているうちに、いつか心の中にふるさと沼津の富士山が浮かび上がり勇気づけられたものです。

その学生時代、生涯にたった一度だけ富士登山を経験しました。一合目から徒歩という無謀な計画ではありましたが、一晩中歩き通して室かげでほんの少し休憩し、やっとたどり着いた山頂。相憎御来迎は仰げず、氷りつくような寒さをこらえて参拝を済ませ下山。帰途は砂走りを楽しみたちまち麓に着いたのですが、「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」の通りだったと手を取り合い喜んだものです。

登れば厳しく、遠く仰ぎ見れば麗しく優しい。絵に描けば難しく、短歌に歌おうとすれば尚難しい。ときに師のようでもあれば、ときに身近かなわが心の友―富士山。

富士山を仰ぎ見て、今日もわたくしの一日が始まろうとしています。

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