あなたの「富士山物語」(富士山濃度と「富士日記」/鴨川典子)

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ページID1019393  更新日 2023年1月13日

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富士山濃度と「富士日記」/鴨川典子

数年に一回読み返す「富士日記」(中央公論社)。「富士」著者の武田泰淳氏夫人、百合子著。天衣無縫でエネルギッシュ、江戸っ子気質の彼女の昭和三十九年から十三年間の鳴沢村での山荘日記だ。日々三食の献立が記され、家族の日常生活と周辺の自然描写、隣人やふもとの村の人々との交流が描かれている。

在五十年余の県民の私だが、富士山は近くにありて遠き存在。知っているようでよく知らないし、気にかけていないようで、実はとても自慢に思っている。種々な場所から富士山を見る。テレビニュースや新聞紙上で見聞きする。ふと手にした小冊誌、雑誌で記事を見かける……。心の中に「富士山」が蓄積されていき、発酵して飽和状態になるのに数年かかる。そうなると私は図書館へ行く。客観的に富士山を見られる眼を持った人の手を借りて、この飽和状態が解消されるのだ。そして再び、富士山受け入れ可能な状態に戻れるというサイクルが自分にあることに、ある時気づいた。

あえて購入して所有物にする気はない。富士山に対するのと同様、適度な距離を保っているのが心地良い。変わらずにずっとそこに在るという安心感。素晴しいものを一人占めしてはいけないという気持ちの裏に、富士山が描かれているこの本を手元に置くことに、なぜか気恥かしさを感じる、という心理が隠れているらしい。富士山と「富士日記」…。普段はあえてケの扱いをしているが、本当はハレのものだとの自覚があるためだろうか。

百合子さんは故人となられ、山荘は二年前に解体された。私の住む御前崎市と富士山頂を結ぶと、その延長上にこの山荘(川口湖三合め)はあった。駿河湾越しに見る富士山を表と言うのなら、百合子さんの富士山は裏富士だ。静岡県民でない人が、山梨県側から見た富士山を描く。光が当たっていてはよく見えなかった富士山の奥深さをこの本は教えてくれる。

武田百合子著「富士日記」――平成二十二年夏、私は六回めの読み返しをした。

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