あなたの「富士山物語」(富士山物語・山開き/佐藤吉男)

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ページID1019397  更新日 2023年1月13日

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富士山物語・山開き/佐藤吉男

一昨年の七月一日、句会の一行と富士山の山開きに出かけた。一行は、由比や富士で待ち合わせたようであるが、私は一人、十時に富士宮の浅間神社で一行のバスに合流した。
バスの運転手は女性。そのために一抹の不安。チェンジの入れ替えがスムーズでないために、心なしかバスはゴツンと揺れる。

バスは途中で師の句碑に寄り、冬期に閉ざされていたゲートをくぐって、新五合目へ向かった。視界はほぼ良好。バスは対向車を先に行かせるために、ヘアピンカーブで停車した。その時である。突然、バスは動かなくなってしまった。運転手は何度か発進を試みたが、バスはガンとして動かない。坂道のためズルズルと下がってしまう。乗客の面々も不安な面持ち。すると、運転手は、

「チェンジがからんで、バスは動きません。申し訳ありませんが、新五合目はもう少しなのでバスから降りて歩いて下さい。」

と言うのだ。先ほどまで強気だった運転手は、すっかり平身低頭してしまった。乗客はしぶしぶバスから降りて、老いも若きも新五合目への急登を歩き出した。

新五合目のバス停には、三時に三島へ戻る本日唯一の定期バスが待っていた。私がその運転手に、バスが故障して帰れなくなりそうだと話をすると、三時に来てくれれば対応すると言ってくれた。わずかに安心して、新五合目の小屋へ入って昼食。おむすびを注文すると、おでんをいただいた。

腹ごしらえができたので、句を作りに宝永火口へ向かう。

何と風の強いこと。小石が飛んできそうである。オンタデのような背の低い植物だけが生き延びている。富士山頂は霧に閉ざされて見えたり、見えなくなったり。気象の変化が激しい。登山道の曲がり角に、溶岩でケルンを積む。

一行は宝永火口の側道を降りていったが、私は六合目に向かって歩いてみた。だが、風が強くてとてもだめ。前へ進めない。我が身が吹き飛ばされそうである。すぐ新五合目へ引き返した。しばらくすると、全員無事に新五合目へ戻って来た。

さて、帰りのバスはあるか大変心配になったが、どうやら同じバス会社が別のバスをチャーターして待機していてくれた。よかった。全員安堵の胸を撫で下ろした。定期バスで三島へ帰るというのも、取り越し苦労に終わった。

果たして皆さんにいい句ができたかわからない。帰りのバスは行きに比べて、思いの外静かであった。私には、富士山の風の強さだけが印象に残った一日だった。

それから一週間後のことである。新五合目に駐車していたワゴン車に落石が当たって、一人死亡したというニュースを聞いたのは。

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