あなたの「富士山物語」(富士登山/尾澤仁)

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ページID1019300  更新日 2023年1月13日

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富士登山/尾澤仁

最初に富士山に登ったのは、中学一年の時だった。当時の掛中の校長・多木悦造は大変富士山が好きで、毎年新一年生に富士登山をさせた。僕達は、まず浅間神社にお参りしてそこから歩いて須走り口から登った。引率は御殿場出身の勝又秀丸先生だった。その日は七合目に泊った。雲海が綺麗だった。翌日も快晴で御来光を仰ぎ見ることができた。頂上をきわめてお鉢巡りをした。そのとき、友人の首藤俊一君がバテたことを憶えている。後々、彼が富士山に長くいることになるとは、思いもしなかったろう。(後に富士山測候所に勤務)

帰りの砂走りは面白かった。

二回目に登ったのは工業学校へ卦任してしばらくしてからの年である。生徒を連れて行った関係で、梶さんの紹介で強力を頼んだ。当然規定通りの料金を払ったと思うが、それ以外の謝礼などはなにもしなかった。そしたら、強力本人から、強力の弁当代は強力を頼んだ人が持つものだと教えられた。若くて、何も知らないのだからしかたがない。下山の途中、強力自慢の雪渓滑りを見せて貰つた。

三回目に登ったのは五十四才の時である。この時は家族を連れての登山だった。自分は自信満々で急いで登る純をタシなめたりしていたが、バテたのは急いで登った純と、ユックリ登った仁だった。

もちろんまだこれからも富士山へ登る心算で近くの志下山に登って、足腰を鍛えていたが、つい最近、脳硬塞をやってしまった。
しかたがない。これからは眺めるだけとするか。

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