人づくりちょっといい話39
非対象の中で生きるには
皆さんご承知の女性の漫才師で、内海桂子(うつみけいこ)さんという方がいらっしゃいますね。長いこと漫才をやっていらっしゃいました。今、80歳だそうですよ。この方は、銚子生まれの浅草育ちで、どちらかというと江戸っ子の気性の方を身に付けられているんです。内海さんのお母さんは3人の夫を迎えたのですが、その3番目の夫が、みんなから松つぁんと呼ばれた床屋さんなんです。その松つぁんが、人生訓として「自分が笑えば鏡も笑う」ということをおっしゃっていたんだそうです。私は、こういうことというのは、「庶民の知恵」と1つの言葉でくくられてしまいますけれども、とても大切なことではないかなと思うんですね。
内海桂子さんという方は、昭和6年、9歳のときに、神田錦町のおそば屋さんに子守奉公に出されます。そのときに前借金を20円貰って、3つ年下の坊っちゃんの送り迎えをしているんですね。ところが、その坊っちゃんがなかなか元気のいい男の子で、内海さんはおもちゃの刀でボンと殴られて、頭に傷を負ってしまうんです。それで、1年半で家に帰ることになります。しかし、実家ではすでに20円を使ってしまっているんですよ。前借金をどうしましょうか、とお母さんがおそば屋さんのご主人に言いますと、「返さなくていいからね」とひと言。ああ、本当に人情というのはあるのだな、と思うんです。
また、お母さんは桂子さんが生まれたときにおっぱいが出なかったんです。そんなときに、毎朝毎朝、誰か知らないのだけれども、家の戸口に牛乳瓶を置いてくれる人がいたんです。お母さんは、その人のお陰でおまえは育ったんだ。まだお礼をしていないから、どうかその牛乳屋さんを捜してお礼を言いたい」というんですね。そして、とうとう銚子の町外れ(これを「銚子外れ」という駄洒落(だじゃれ)もあります)でその人を見つけて、「ありがとうございました」とお礼を言った。するとその人は、「育っただけでいいじゃないですか」という言葉にしてくれたというんですね。
今は、相互扶助をしたいという気持ちはお互いにあるのですが、なにしろ引きこもりの人が多い。あるいは、マンションでもアパートでも、ガチャンとドアを閉めて鍵をかけてしまったら、それこそ「隣は何をする人ぞ」なんですよね。つまり、ラジオやテレビ、新聞、週刊誌からたくさんの情報を受けながら、実際には人と人の間のコミュニケーションというのは、都市の構造や家屋の構造によって、非常に希薄になっているんですよね。これを「非対象性」というんです。その非対象性の中でどう生きるか。これは、「人間って何だろう。どうやったら気持ちよく暮らせるんだろう」ということを、手近なところから自分で勉強していくより仕方がないですね。
草柳大蔵著「続・午前8時のメッセージ99話」(2002年発行)より
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